頭巾山 十二社権現

頭巾山権現さん
権現さん(野鹿谷・古和木側から)
権現さん、手前は石船(山森側から)

 頭巾山(とうきんざん)は福井県と京都府の県境にある標高871mの山です。山頂には権健さんが鎮座しています。
 頭巾山には中学生の遠足で初めて登りました。それから今日まで、何度も登ることになりました。地区の壮年会では毎年登山道の整備で、区会に入ってからは春の祭礼(山開き)で権現さんにお参りしました。
 以下、平成16年発行の名田庄村誌Ⅱからの抜粋です。

 この社は頭巾山とうきんざん十二社権現とも青葉権現、又は、頭巾とき神社とも許波伎こわき神社とも、呼ばれ、各地によって古来の呼び名は変わるようであるが、本村(旧名田庄村)では、権現山と呼ばれていて、千年余りの歴史と社格を持つ古社である。この山一帯が山岳信仰の修験場であったと考えられる。
 延長5年(927)「延喜式神祇巻」に許波伎神社として「若狭国遠敷郡許波木神社、今丹波二在リ」と、遠敷郡十六座の一座として記載されているという。本村(旧名田庄村)では下・小倉の苅田神社とともに数少ない「式内社」の一社である。
 先に述べたようにこの社はそのころ別名、許波伎神社、又は青葉権現とも呼ばれ、時には雨乞いの神としても信仰されていたらしく、「丹波史年表」によると、天長6年(824)「守敏僧都、銅襟山青葉権現へ朝許にて祈願する」とあり、そのころ旱魃であったのか雨乞いの祈願がなされている。
「今丹波二在リ」、というこの社は上林谷古和木や、美山町福井谷山森にも許波伎神社、祭神不詳、通称青葉権現、別名冠巾山十二社大権現として祀られている(「ふるさと鶴ケ岡」)。
 この山頂の権現社は今も山森、古和木、納田終の村人で崇敬され、毎年四月二十三日が祭祀日でこの地域の人々が参拝に登っている。 ・・・略・・・  頭巾山頂は狭く、岩盤の頂に社が建つが、この岩盤を神の降臨する「磐座いわくら」として古代の人々は降雨を願ったのだろうか・・・。
 社前には石灯籠、石船(水槽、水盤、横幅80センチ、縦50センチ弱、高30センチ余り)等が奉納されている。水槽は、奈良の明日香遺跡にみられる「酒船」のように石船と呼ぶのが正しいのではないかと考えられ、御手洗石ではなく雨乞い神事の祭祀具と考えられる。

奉上 銅襟山大権現御神前 安永二年六月吉日
石船 山森村願主 久左衛門
灯籠(右)  納田終村 松村次郎太夫 〃喜左衛門
       殿村 大矢平右衛門  佐文郷村 弥七
       脇村 李之烝
       山森村 下奥九右衛門 矢右衛門 久右衛門
灯籠(左)  願主 山森村中 安永六年酉六月吉日

との銘が刻まれているが、この山頂まで運び上げるのには大変な労力を要したと思われる。昔の人々の信仰心の強さに頭が下がる。

山開き

権現さん祭礼(山開き)

 現在も、権現さんのお祭りは、古和木(京都府綾部市)・山森(京都府美山町)・納田終(福井県おおい町)の三地区の輪番で執り行われています。ただ、三地区とも、高齢化と過疎化により祭祀の継続が年々難しくなり、三地区で相談した結果、令和三年四月の祭りを最後に休止が決定しています。

山頂から遠望する丹波高地

 四月の祭礼の時期、山頂周辺の斜面に所々積雪を見ます。
 登山道の脇には石楠花が咲いています。写真の右の花はコブシです。